右脳な舞・左脳な迷

微笑 中動作誤に常正 くし楽も日今 ありがとう

18世紀オーケストラ   (すみだトリフォニーホール)

18世紀オーケストラ

   ブリュッヘン・プロジェクト

ベートーヴェン交響曲第2番 ニ長調 作品36
ベートーヴェン交響曲第3番 変ホ長調 作品55
             「 英雄交響曲
(アンコール)
シューベルト/劇付随音楽『キプロスの女王ロザムンデ』D797 より
           間奏曲第3番(D797-5)

  フランス・ブリュッヘン 指揮 18世紀オーケストラ




*  トリフォニーホール2階の最前列。嗚呼。足が甘い。こんなに高所なのに何故柵の高さが股下なんだ?そうか舞台がよく見えるようにだね。シートベルトが欲しい。私は特殊な高所恐怖症で怖いというより飛び降りたい!飛び降りたくてウズウズする。紛らわすために舞台に集中する。1stヴァイオリンのトップサイドに若松夏美さん、ヴィオラのトップサイドに森田芳子さん、ファゴットに村上由紀子さんとOLCやBCJで御馴染みの顔が並ぶ。他にも1stヴァイオリンに山形さゆりさんも居る。弦楽器奏者の人数は7-7-5-5-3人。なんとブリュッヘンが車椅子で登場。車椅子を押してくれた人に助けられながら指揮台上の落下防止バーに掴まって挨拶し、指揮台上の椅子へ座る。そういえばカール・ベームも椅子に座って指揮しましたね。その時はNHKが指揮者用カメラを据え付けベームの表情を残らず記録しましたが、今日の演奏も是非録画録音して欲しかった!
   第2交響曲が始まると高所恐怖症は何処へやら、ベートーヴェンの音楽が、ベートーヴェンの思いが、2作目の交響曲への熱意が手に取るように聴こえてくる。成る程ハイドンを思い出す箇所も有るだろう、しかし、第8・第9交響曲を先取りしている様な表情も有るのも分る。そうこれは32歳のベートーヴェンにとって最高で最新の交響曲なのだ。
   そして第3交響曲で更に真新しい試みに挑戦する。最初にtuttiでEs-durの主和音が2度鳴る。初めて聴く人には2拍子なのか4拍子なのかAdagioなのかAllegroなのかさっぱり分らない!その後、チェロが静かにメロディを弾き始めるとどうやら3拍子なのだが、直にヴァイオリンー木管へとメロディは移り途中2拍子かと思わせたり、あれよあれよという間に特異な世界に惹き込まれるのだ。今回の演奏は楽譜の全てを余す事なく演奏するぞとの意気込みを感じさせる緩やかで丁寧な速度で、聴いた事がない様な表情を紡ぎ出してゆく。感情を抑え切れなくて3拍子が2拍子に変化してしまう箇所が有るのだが、今日のベートーヴェンは、何やら悩んでいる様な戸惑いをも感じさせる。チェロから見事に独立したコントラバスはどうだ!モーツァルトハイドンが生きていたらさぞや驚いたであろう!いやハイドンは生きて病床に居た。ベートーヴェンの新曲の噂に何を思っただろう。第2楽章も、これが葬送行進曲だという事を思い出させてくれる表情だ。最後に1stヴァイオリンが何か呟いたのだが、何て言ったのだろう?音楽は世界共通言語だなどと言うが、とんでもない!モーツァルトは比較的共通語を話すが、ベートーヴェンのドイツ訛りはキツい!おそらく何か最後に呟いたのだが、ドイツ語が母国語でない現代日本人の私には聞き取れなかった。まあ、何か呟いたと分るニュアンスで演奏されたという事だ。
   第3楽章は舞曲ではあるが、実際に踊る事よりも楽しい冗談ぽさに比重を移したスケルツォを採用したのはハイドンだったろうか?高級高度な冗談音楽である。しかしこのホルントリオは何だろう?この交響曲がナポレオンを讃える交響曲として構想されたというのは本当だろうか?しかし当時のナチュラルホルンの特徴を知り尽くして最大限に生かしているのは間違いなき事のようだ。第4楽章も派手な序奏の後の変奏曲を慈しみながらゆっくり目の速度で表現し尽くしてゆく。もう今日の思い出だけで今後ベートーヴェンの英雄交響曲を聴かなくても大丈夫なんじゃないか?テンポの揺らし方に関しては旧新両方のCD録音と共通する印象が有るが、今日はより丁寧だ。ベートーヴェンが生きていた頃はCDも無く、交響曲が再演される事も多くなかったので本当に一期一会だった訳だが、そんな事を思い出させる特別で幸せな演奏だった。嗚呼!一昨年の第九も特別で幸せな演奏だった!
   そしてなんと彼らはアンコールを演奏しはじめた!しかもシューベルトだ!とても美しいキプロス!の女王ロザムンデの間奏曲。こんなに美しい曲だったのか!なんなんだこの美しさは?心が美しいのか?私が美しさに飢えていたのか?いや、乃木坂46の『君の名は希望』は素晴らしく美しい! 現在、生まれてくる全ての人は老いて死ぬと考えられている様に、全ての始まりがある美しい音楽にも終わりがある。しかし今日この会場に居た全ての人が死に絶えるまで、この美しい音楽の記憶が消える事はないだろう。そして、この美しい曲は190年前に26歳の若きシューベルトが作曲した作品なのだ。シューベルトはパソコンやスマホは勿論、ラジオも自動車も電話も持ってなかったし、たぶん徳川家斉将軍も知らなかったのだ!東の果ての江戸の賑わいは知っていたのか? 楽団員が全員袖へ捌けても江戸の人々の拍手は続いた。ブリュヘンは出て来ないだろう。明日も演奏会有るし。などと思ってたらコンサートマスターの Marc Destrubé さんが出てきました。
切なくも幸せで特別な夜。
  蛇足だが、ブリュッヘンはまだ引退する訳ではなさそうだ、安心した。

* チラシには「最後の日本へ」と。  まだ78歳なのに
  ・・・え? 日本が終わるの?
  演奏活動を引退するっちゅー事?ですかね?